PERFORMANCE & FILM 舞台芸術 & 映画

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冬の定期上映会 空想のシネマテーク ~レクチャー&上映3回シリーズ~

2002年02月09日[土] - 2002年03月02日[土]

日 時:2002年2月9日(土)、2月16日(土)、3月2日(土)

会 場:高知県立美術館ホール

入場料:前売1日800円 当日1日1,000円

※身体障害者手帳、療育手帳、障害者手帳所持者とその介護者1名は3割引です。
  取扱いは、美術館ミュージアムショップ、県民文化ホールで行います。

主 催:高知県立美術館(高知県文化財団)・(財)国際交流推進協会(エース・ジャパン)

後 援:高知新聞社・RKC高知放送・KUTVテレビ高知・NHK高知放送局・エフエム高知・KSSさんさんテレビ
フィルム提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭、イメージ・フォーラム、ユーロスペース、愛知芸術文化センター、ザジ・フィルムズ、チェスキー・ケー、クエスト、ぴあ、スタンス・カンパニー、アップリンク、パンドラ、国際交流基金
  

助 成:日本芸術文化振興会 地域芸術文化活性化事業(文化のまちづくり事業)


■第1回 2002年2月9日(土)
テーマ 「ドキュメンタリーとアヴァンギャルド」 西嶋憲生(映像研究家)
1920年代、パリを中心にアヴァンギャルド映画が活発に制作された。
だが30年代以降ヨーロッパ各国でそれが若い映画人育成に「教育効果」が高いとして活用され、次代の映画がそこから創出される「研究開発部門」とみなされたことはあまり知られていない。グリアスンを指導者に急成長した英国ドキュメンタリー運動はそうした影響の顕著な一例だった(カヴァルカンティは直接両者を繋ぐ人物)。ハンフリー・ジェニングスもベイジル・ライトも詩的・実験的だし、彼らの先駆者フラハティからして映像詩のようだった。現実の記録にとどまらぬスタイリッシュさ、音やモンタージュにも実験的手法や創意工夫がつねに盛り込まれていた。
一般にドキュメンタリーの客観性とアヴァンギャルドの主観性は対立するものと思われがちだが、両者の関係は意外に近く、その接触や交流も連綿と続いた。ジョナス・メカスの日記映画しかり松本俊夫の理論と実践しかり。この系譜の今日的な姿は、佐藤真が声とまなざしに着目して夭折の写真家牛腸茂雄の世界に迫った『SELF AND OTHERS』のアプローチや、固定カメラで撮る極度にミニマルな風景映画が同時に土地と風土の見事なポートレイトたりえたジェイムズ・ベニング『セントラル・ヴァレー』などにみることができる。

①午前10時~12時14分 英国ドキュメンタリー映画傑作選
流網船
(監督ジョン・グリアスン/イギリス/1929年/白黒/16ミリ/40分/日本語字幕無)
世界ドキュメンタリー映画史上、最も有名な作品のひとつ。英国ドキュメンタリー映画の父・ジョン・グリアスンが北海のニシン漁船で働く漁師の姿を撮った作品。

夜行郵便
(監督ベイジル・ライト、ハリー・ワット/イギリス/1936年/白黒/16ミリ/2 4分)
世界ドキュメンタリー史上に残る名作のひとつ。ロンドンとグラスゴーを一晩かけて郵便を運ぶ列車で働く労働者を撮った作品。詩人のW.H.オーデンがナレーションを書き下ろし、ベンジャミン・ブリテンが曲を付けている。

石炭の顔
(監督アルベルト・カヴァルカンティ/イギリス/1936年/白黒 /16ミリ/11 分)
カヴァルカンティが英国の石炭産業の重要性と労働の厳しさを伝えるために撮った実験的な作品。

英国に聞け
(監督ハンフリー・ジェニングス、スチュアート・マカリスター/イギリス/白黒/1 942年/16ミリ/20分)
ジェニングスが監督としての名声を獲得することになった作品。ナレーションを最低限に抑え、英国のさまざまな生活の中に流れる自然の音や音楽をそのままサウンドトラックに使っている。

ティモシーのための日記
(監督ハンフリー・ジェニングス/イギリス/1944-45年/16ミリ/白黒/39 分)
戦争末期、勝利が確かなものに見えてきたころに生まれた赤ん坊ティモシーのために書かれた日記の形式をとり、蒸気機関車の機関手、農夫、戦争で傷を負ったパイロットの生活を描いた作品。


②午後1時15分~午後2時31分
アラン
(監督ロバート・フラハティ/イギリス/1934年/白黒/35ミリ/76分)
フラハティの最高傑作。西アイルランドの大西洋海岸にある荒涼としたアラン群島で撮影された。自然の力に対する人間の無力さ、だが生きるために努力する人々の気高さ。荒れた海から夫たちが戻ってくるのを心配しながら忍耐強く待つアランの妻や女性たちの姿。ドラマとドキュメンタリーが新しい地平にまで高められ、極めて芸術性の高いものとして結晶している。


③午後2時40分~午後4時10分
レクチャー 「ドキュメンタリーとアヴァンギャルド」話:西嶋憲生

④午後4時20分~午後5時37分
日没の印象
(監督鈴木志郎康/日本/1975年/白黒/16ミリ/24分)
実験映画作家・詩人の鈴木志郎康が、自分と同じ年齢の古いシネ・コダック16ミリカメラを手に入れた。彼はそのカメラでその後の日々を記録する。カメラを手にする喜びから家族で過ごす日々まで、日常の幸福感が画面を満たしてゆく。プライベート・ドキュメンタリーであると同時に、カメラとともに過ごした2ヶ月間の日記映画でもある。

SELF AND OTHERS
(監督佐藤真/日本/2000年/カラー/16ミリ/53分)
自費出版の写真集を3冊だけ遺し、83年に36歳で亡くなった写真家・牛腸茂雄。死後年を追うごとに評価の高まる彼の写真の魅力を、「阿賀に生きる」「まひるのほし」の佐藤真監督が、作品はもとより、牛腸自身の遺した16ミリ映画、肉声、草稿などを通して浮き彫りにしてゆく。


⑤午後5時50分~午後7時20分
セントラル・ヴァレー
(監督ジェイムズ・ベニング/アメリカ/1999年/カラー/16ミリ/90分)
カリフォルニアの内陸部の大半を占めるグレート・セントラル・ヴァレー。農地や牧場は大企業が所有しており、アメリカ全土の1/4に食料を供給している。谷には小さな町が点在し、働いても楽にならない生活を続けている人たちの住処となっている。この作品は、アメリカ実験映画の巨匠とも言えるジェイムズ・ベニング監督による絵と音によるこの谷のポートレートである。

西嶋憲生(映像評論家)

1970年代後半から映画・映像芸術の研究者として執筆・翻訳の傍ら、実務家としてフィルムアート社で映画書の編集、スタジオ200の企画アドバイザー、「月刊イメージフォーラム」編集長など。愛知芸術文化センターや川崎市市民ミュージアムの委員を務めた後、現在、多摩美術大学、東京造形大学、早稲田大学で映画館関係の講座を担当。著書「生まれつつある映像-実験映画の作家たち」(文彩社)、共著「映像表現の創造特性と可能性」(角川書店)、訳書「フィルム・ワークショップ」「アンディ・ウォーホル・フィルム」(ダゲレオ出版)など。

■第2回 2002年2月16日(土)
テーマ 「自分探し」 村山匡一郎(映画評論家)
この10年来、若い映画作家の登場によって、自らのアイデンティティーや拠り所を求めるいわゆる「自分探し」の映画が目立つようになった。それはカメラを持った作家自身の投影の場合もあれば、劇映画の中で主人公に仮託される場合もある。
たとえば、前者では中田統一の「大阪ストーリー」や土屋豊の「新しい神様」などドキュメンタリー映画や個人映画にしばしば見られるし、また後者では和田淳子の「ボディドロップアスファルト」がその好例だ。
劇映画では、たとえばイ・チャンドンの「ペパーミント・キャンディー」のように、作家が自己を投影したのかどうかはわからないが、主人公が自分の人生を顧みるという作品は少なくない。だがまた、自らの晩年を象徴するかのようなグル・ダットの「紙の花」や、映画の集団製作の自己反省を伴ったウカマウ集団の「鳥の歌」のような作品もある。
スクリーン上の世界が映画作家の表現として実現される以上、そこに幾らかの自己が投影されるのは必然である。その意味では、それをより誇張したり拡大したりする「自分探し」の映画は、映画表現の一つの本質をなす問題を孕んでいるといえなくもない。おそらくそうであるからこそ、「自分探し」のテーマは、一方で若い映画作家に必然的に多く見られるものであると同時に、他方では劇映画からドキュメンタリー映画、あるいは個人映画までを覆うものであるのではないだろうか。

①午前10時~午前11時40分
鳥の歌
(ウカマウ集団作品/監督ホルヘ・サンヒネス/ボリビア/1995年/カラー/35ミリ/100分)
1960年代からボリビア、ペルー、エクアドルなどアンデス地域の先住民(インディオ)を描いた作品を撮り続けているウカマウ集団の集大成とも言える作品。荒涼たるアンデスの大地、先住民は春になると鳥たちから歌を授かる…。ボリビアのある映画集団が、先住民文化に悲劇をもたらした過去の歴史を批判する映画を撮るために、アンデスの村を訪れる。しかし、映画人たちは思いもかけぬ村人たちの反発に自らを問い直すことになる。チャップリンの娘である女優ジェラルディン・チャップリンが念願叶って出演している。
アンデスの大自然も鮮やか。


②午後0時40分~午後2時19分
新しい神様
(監督土屋豊/日本/1999年/カラー/デジタル・ビデオ/99分)
民族派右翼系パンクバンド“維新赤誠塾”のボーカリスト、通称「ミニスカ右翼」の雨宮処凛と同メンバーの伊藤秀人に、左翼的思想のドキュメンタリー映像作家・土屋豊がカメラを向けた。相対する思想を持つ3人が、意外な共通点を見つけてゆく姿がユニークに綴られてゆく。主人公の雨宮が元赤軍派議長や北朝鮮を訪ねてよど号メンバーに会ったりと奔走する中から、空虚感が漂う現代を生きる道が浮かんでくる。


③午後2時30分~午後4時
レクチャー 「自分探し」話:村山匡一郎

④午後4時10分~午後5時46分
ボディドロップアスファルト
(監督和田淳子/日本/2000年/カラー/デジタル・ビデオ/96分)
「身体」をテーマの「愛知芸術文化センター・オリジナル映像作品」として制作された、和田淳子の長編第1作。いつも恋愛に憧れながら恋人もできず、退屈で平凡な毎日を送っている22歳のエリ。作家志望の彼女は小説を書いているうちに妄想の世界へ。気がつくと将来が嘱望される新進女流作家に大変身。理想の生活を手に入れたエリは恋愛相手を探し始めるが…。引きこもり症候群や恋愛幻想といった今日的主題を、作家自身の個人史とも重ね合わせながら、独特の身体感覚に根ざした映像表現によって、ポップかつアヴァンギャルドに描く。「普通の女の子が白馬の王子様と結婚したら、かなりのリスクを背負うはず。でも、人気ドラマには、成就した恋愛のその後はありません」(和田淳子)。


⑤午後5時55分~午後8時23分
紙の花
(監督グル・ダット/インド/1959年/白黒/35ミリ/148分)
1950年代を疾走したインドの天才シネアスト、グル・ダット。「紙の花」は、1964年に39歳で自ら命を絶ったグル・ダットの半自伝的作品と見なされている。
人気映画監督スレーシュは、偶然出会ったシャーンティを主演女優に抜擢する。映画は大ヒットし、二人は強く惹かれあうのだが、シャーンティは妻子あるスレーシュに別れを告げ…。インド版「サンセット大通り」や「スタア誕生」「ライムライト」の趣もある、監督最後の作品。


村山匡一郎(映画評論家)

1947年生まれ。日本経済新聞の映画評をはじめ新聞や映画雑誌などで評論活動をする傍ら、武蔵野美術大学、イメージフォーラム研究所など大学や専門学校で教える。主要訳著書に「映画100年ストーリーまるかじり:フランス映画篇」「演劇と映画」(共著)「世界映画全史」(全12巻、共訳)「ケン・ローチ」(共訳)など。

■第3回 2002年3月2日(土)
テーマ 「映画/リアル/現実そして自由」大久保賢一(映画評論家)
ひとつのスクリーンを多数の眼が注視するという形で映画の見かた、見せかたが始まって百数年。いま、ある限定された映像を、かつてとは比較にならないほど多数の眼が世界中で食い入るように見つめる事態が起きました。
いうまでもなく、’01年9月11日のいわゆる「米中枢同時テロ」の発生を伝えるTVの映像です。「まるで映画のようだ」と皆がつぶやいたと言われます。しかし、この感想は、その後、十分な検討をされたでしょうか。
「映画のようだ」といわれた映像について、その使われ方も含め、慎重に吟味してみなければならないのではないでしょうか。「映画とは何か」という問題があらためて問われているのです。
「空想のシネマテーク」、3月2日の上映では、1920年に撮影されたドキュメンタリー「極北のナヌーク」から、A・ソクーロフ監督の’99年の最新作「ドルチェ」まで、子供たちと映画との初の遭遇を追う「100人の子供たちが列車を待っている」から、チェコの屈強なシュルレアリスト、ヤン・シュヴァンクマイエルの「対話の可能性」、時間と空間の意味を問うSF「ラ・ジュテ」と、最新作「ピアニスト」がカンヌ映画祭で高く評価された監督M・ハネケの、人間性の破壊を強く批判する「セブンス・コンチネント」を見ることで、映画とそのリアル、現実と映画について考えてみたいと思います。

①午前11時~午前11時58分
100人の子供たちが列車を待っている
(監督ベアトリス・ゴンザレス/チリ/1988年/カラー/16ミリ/58分)
ピノチェト軍事政権下のチリ・サンチャゴ郊外の貧民区域で、女性教師アリシア・べガによって半年間開かれた映画教室の様子を撮影したドキュメンタリー。この区域の子供たちは映画を見に行ったことがある者はほとんどいない。その子供たちを相手に映画の歴史、映画の構造、映画撮影などを遊びながら楽しく学ばせる。当時この映画はチリ当局によって「21歳以下の者は見てはならない」とされたのだが、その後主人公の子供たちは画面で自分たちの姿を見ることができたのだろうか。


②午後1時~午後2時10分
対話の可能性
(監督ヤン・シュヴァンクマイエル/チェコスロバキア/1982年/カラー/35ミリ/12分)
チェコのアニメーション作家、ヤン・シュヴァンクマイエルの傑作短編。「永遠の対話」「情熱的な対話」「消耗する対話」の3編からなる。1990年アヌシー映画祭で「これまでに上映された最高の映画」に選出された。

極北のナヌーク
(監督ロバート・フラハティ/アメリカ/1922年/白黒/16ミリ/50分/サウン ド版)
カナダ北東部に暮らすイヌイットの一家の1年にわたる生活を描いたドキュメンタリー史上に残る傑作。フラハティはこの作品でドキュメンタリーの手法を確立した。アザラシの捕獲、氷の家を造る様子などの描写を通じ、自然と闘う人の根底にあるものを描き出そうとし、単なる記録には止まっていない。本来はサイレント作品だが、サウンド版を上映。


③午後2時20分~午後3時50分
レクチャー 「映画/リアル/現実そして自由」話:大久保賢一

④午後4時~午後5時30分
ラ・ジュテ
(クリス・マルケル監督/フランス/1962年/白黒/35ミリ/29分)
クリス・マルケルの名を不動のものとした記念碑的作品で、第3次世界大戦後の廃墟のパリを舞台に、ある男の過去と未来への時間旅行を切なく美しく描いた傑作SF。この作品の特徴は、動く映像ではなく静止画像(1カ所の例外を除き)で構成されていることである。その手法が、虚構にドキュメンタリー的なリアリティを与え、衝撃的な効果をもたらしている。テリー・ギリアムの「12モンキーズ」の原案としても話題になった。63年ジャン・ヴィゴ賞、トリエステ国際SF映画祭グランプリ。

ドルチェ~優しく~
(監督アレクサンドル・ソクーロフ/日本・ロシア/1999年/カラー/ビデオ/63 分)
この映画は、ロシアを代表する映画監督アレクサンドル・ソクーロフと奄美の作家島尾ミホによる映像小説である。「死の棘」で知られる後の文豪島尾俊雄とミホの出会い、愛の葛藤、再生…。島尾一家の歴史を背景に、ミホが自分の人生を率直かつ正直に女優として演じていく。ミホの厳しい輝きが、命の深みを照射する。他に例のない正方形の画面は、窓であり鏡のようである。


⑤午後5時40分~午後7時40分
セブンス・コンチネント
(監督ミヒャエル・ハネケ/オーストリア/1989年/カラー/35ミリ/111分)
2000年のカンヌ国際映画祭で最新作「ピアニスト」がグランプリを獲得した、日本では知られざる巨匠ミヒャエル・ハネケのデビュー作。彼の最高傑作の呼び声高い「セブンス・コンチネント(第7の大陸)」は、寡黙で有能な両親と繊細な幼い愛娘の3年間を追った絶望の物語である。何ひとつ不自由の無い生活に浸透する絶望感。そんな日常を脱するための最後の選択肢は…。「私の映画に出てくるのはあなたです」とハネケは語っている。


大久保賢一(映画評論家)

1970年代より自主上映・自主製作をはじめるとともに、日本のインディペンデント映画作家の同伴者として映画批評を展開。1989年東京国際映画祭ヤングシネマ部門をはじめボンベイ、ハワイ、クレルモン・フェランなどの国際映画祭で審査員をつとめている。1994年国際交流基金「中央アジア映画祭」プログラム・ディレクター。1999年モスクワ、ハバロフスクで行われた「ロシア日本映画祭」のプログラミングを手がけ、訪ロし新しい日本映画を紹介した。現在、多摩美術大学講師。著訳書:「荒野より」(立風書房)「世界の映画作家/ハリウッド・ルネッサンス」(キネマ旬報社)「オルタ・カルチャー」(リブロポート)ほか。

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